和太刀の先生がブログをやってるんだけど、
今日の記事をちょっとリンク。
http://ameblo.jp/watachiblog/entry-10929824691.html


相手のあることって、
立ち回りに限らず、音楽も、日常生活も
すべて結局コミュニケーションで、
それは自分の思いを伝えることよりも、
相手を理解し、受け入れよう、という意識が
最優先なのかもしれない、と思うのです。

だからといって、自分になんの意思もない、
空虚な心身でいていいわけでもなく。
あなたを理解するために、全開で受入れ態勢です、
あなたを受け止めるために、
私はこのような提案をしたいのだけど、どうでしょう、

それをしかも、どちらか一方でなく、双方が、
もしそれが1対1のことでなく、
もっと多くの交流になれば、それはそれで全員が、
そんなスタンスであることが大事なんだろうな、と。

うまく説明できないのだけど、
先生に斬られると、本当に身体が納得するというか、
そうそう、そうくるよねー、と気持ちよくて、
ライバルと書いて「とも」と読む、みたいな感じで、
敵方とはいえ、その強さを認めた者に斬られるとき、
もしかしたらいっそ悔しくなかったんだろうなーとか思います。

今また7月5日のライブリハの日々、
伽藍さんと1対1の稽古が続きますが、
何も戦っているわけではないけど、
いい呼吸がとれるよう、がんばってます。

そのためには、
お互いが心地よく開放されている状態であることが
大事なんだなー、と改めて思った次第です。


なんか、真面目な話ばっかりでもアレなんで、
酒の写真でも。

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